大阪地方裁判所 昭和63年(わ)853号 判決 1988年12月01日
本籍
大阪府岸和田市春木若松町三番
住居
同市上野町東一〇番二三号
池田ハイツ三〇五号
会社役員
濱吉里志
昭和二一年一月一日生
本籍
高知県香美郡野市土居一〇九二番ロ番地
住居
大阪府堺市中百舌鳥町六丁九九八番地の三
中百舌鳥公園団地五号棟七〇三号
会社相談役
山本德行
大正一三年四月一四日生
本籍
大阪市港区魁町四丁目一八番地
住居
同市浪速区桜川二丁目三番一五号
長尾マンション四〇六号
消毒業
野口忠夫
昭和一六年七月九日生
右の者らに対する各相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官藤村輝子出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人濱吉里志を懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円に、同山本德行を懲役一年六月及び罰金一五〇〇万円に、同野口忠夫を懲役一〇月及び罰金八〇〇万円に処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、被告人濱吉里志及び同山本德行につき金二〇万円を、同野口忠夫につき一〇万円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から、被告人山本德行に対し四年間、同野口忠夫に対し三年間、それぞれの懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人濱吉里志は、全日本同和会大阪府連合会岸貝支部長(同支部が岸和田及び貝塚両支部に改組された後は岸和田支部顧問)であったもの、同山本德行は行政書士であったもの、同野口忠夫は右岸貝支部事務局長(同支部改組後は岸和田支部長)であったものであるが、
第一 被告人濱吉里志及び山本德行は、大阪府八尾市本町一丁目四番一号に居住し、実父谷村安三の死亡(昭和五九年五月一三日)により同人の財産を共同相続し、他の共同相続人谷村キヨヱ及び谷村弘一らとの遺産分割の協議によりその遺産の一部を相続した分離前の相被告人(以下、単に相被告人という。)谷村安脩、山本瓦工業株式会社を経営するとともに不動産業を営む同山本實、ヨシミ産業株式会社を経営するとともに不動産業を営む同村木良己及び八光信用金庫本店営業部長であった同谷博文と共謀の上、被相続人谷村安三に係る架空債務を計上して相続税の課税価格を減少させる方法により相被告人谷村安脩の相続税を免れようと企て、その正規の相続税の課税価格が一億八七四六万二一二五円で、これに対する相続税額が七一六四万二六〇〇円である(別紙(一)税額計算書並びに別紙(二)及び(三)各修正貸借対照表参照)にもかかわらず、右谷村安三には泉谷武雄に対し四億三〇〇〇万円の債務があり、その債務のうち、右谷村安脩において一億八〇〇〇万円を右谷村キヨヱにおいて一億七五〇〇万円を、右谷村弘一において七五〇〇万円をそれぞれ負担すべきこととなったように仮装するなどした上、昭和五九年一一月六日、同市本町二丁目二番三号所在の所轄八尾税務署において、同税務署長に対し、右谷村安脩の相続税の課税価格が七四六万二一二五円で、これに対する相続税額が一一二万九〇〇円である旨の内容虚偽の相続税申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により右谷村安脩の相続税七〇五二万一七〇〇円を免れ
第二 被告人濱吉里志、同山本德行及び同野口忠夫は、大阪府八尾市志紀町南二丁目六番地に居住し、実父田中芳松の死亡(昭和五九年一〇月九日)により同人の財産を共同相続し、他の共同相続人田中千代子らとの遺産分割の協議によりその遺産の一部を相続した相被告人田中健一、前記相被告人山本實、同村木良己及び同谷博文並びに右田中千代子らと共謀の上、前同様の方法により相被告人田中健一の相続税を免れようと企て、その正規の相続税の課税価格が三億八二八一万四〇六一円で、これに対する相続税額が一億六二六二万八七〇〇円である(別紙(四)税額計算書並びに別紙(五)及び(六)各修正貸借対照表参照)にもかかわらず、右田中芳松には嶋本利男に対し六億三一六〇万円の債務があり、その債務のうち、右田中健一において三億円を、右田中千代子において三億三一六〇万円をそれぞれ負担すべきこととなったように仮装するなどした上、昭和六〇年四月六日、所轄の前記八尾税務署において、同税務署長に対し、右田中健一の相続税の課税価格が九二九四万七九六一円で、これに対する相続税額が一七五八万四一〇〇円である旨の内容虚偽の相続税申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により右田中健一の相続税一億四五〇四万四六〇〇円を免れ
第三 被告人濱吉里志、同山本德行及び同野口忠夫は、兵庫県芦屋市東山町八番五号に居住し、実父片平正義の死亡(昭和六一年二月一六日)により同人の財産を共同相続し、他の共同相続人片平友子及び片平博三らとの遺産分割の協議によりその遺産の一部を相続した相被告人吉田真知子、前記相被告人山本實及び同村木良己と共謀の上、前同様の方法により相被告人吉田真知子の相続税を免れようと企て、その正規の相続税の課税価格が九三六〇万七五〇円で、これに対する相続税額が三八五八万八六〇〇円である(別紙(七)税額計算書並びに別紙(八)及び(九)各修正貸借対照表参照)にもかかわらず、右片平正義には高橋英丞に対し一億五〇〇〇万円の、山科不二夫に対し二億四〇〇〇万円の各債務があり、右高橋に対する債務については、右吉田真知子、右片平友子及び片平博三において各自五〇〇〇万円ずつを、右山科に対する債務については、右吉田真知子において二〇〇〇万円、右片平友子において一億五〇〇〇万円、右片平博三において七〇〇〇万円をそれぞれ負担すべきこととなったように仮装するなどした上、昭和六一年八月一一日、同市公光町六番二号所在の所轄芦屋税務署において、同税務署長に対し、右吉田真知子の相続税の課税価格が二三六〇万七五〇円で、これに対する相続税額が五一二万六〇〇〇円である旨の内容虚偽の相続税申告書(ただし、申告書内部における計算違いにより五一一万九八〇〇円と誤記)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により右吉田真知子の相続税三三四六万二六〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人濱吉里志及び同山本德行の当公判廷における各供述
一 第一回公判調書中の被告人濱吉里志及び同山本德行並びに相被告人山本實及び同村木良己の各供述部分
一 被告人濱吉里志の検察官に対する昭和六二年二月二六日付、同年三月四日付、同月二七日付(二通)及び同三三〇日付各供述調書
一 被告人山本德行の検察官に対する昭和六二年二月二四日付及び同年三月二六日付各供述調書
一 被告人野口忠夫の検察官に対する昭和六二年三月一四日付、同月二一日付及び同月二八日付各供述調書
一 相被告人山本實の検察官に対する昭和六二年二月二三日付、同月二六日付、同年三月二三日付(六丁綴)及び同月二五日付各供述調書
一 相被告人村木良己の検察官に対する昭和六二年二月二七日付(二通)及び同月二七日付各供述調書
一 相被告人谷博文の検察官に対する昭和六二年三月二三日付及び同月二五日付各供述調書
一 立中善巳(昭和六二年二月二〇日付)及び團博史の検察官に対する各供述調書
判示第一及び第二の各事実について
一 第一回公判調書中の相被告人谷博文の供述部分
一 相被告人谷博文の検察官に対する昭和六二年三月三日付及び同月二六日付各供述調書
判示第一の事実について
一 第一回公判調書中の相被告人谷村安脩の供述部分
一 被告人濱吉里志の検察官に対する昭和六二年三月九日付供述調書
一 被告人山本德行の検察官に対する昭和六二年三月六日付供述調書
一 相被告人谷村安脩の検察官に対する供述調書二通
一 相被告人山本實の検察官に対する昭和六二年三月五日付及び同月九日付各供述調書
一 相被告人村木良己の検察官に対する昭和六二年三月六日付供述調書
一 今野仁睦の検察官に対する供述調書
一 収税官吏長岡洋(二通)及び同臼井治作成の各査察官調査書
一 収税官吏西村政則作成の脱税額計算書
一 八尾税務署長作成の昭和六二年三月二三日付証明書二通
一 大阪府八尾市長作成の昭和六二年六月三〇日付戸籍謄本
判示第二及び第三の各事実について
一 被告人野口忠夫の当公判廷における供述
一 第一回公判調書中の被告人野口忠夫の供述部分
判示第二の事実について
一 第一回公判調書中の相被告人田中健一の供述部分
一 被告人濱吉里志の検察官に対する昭和六二年三月五日付供述調書
一 被告人山本德行の検察官に対する昭和六二年三月二日付及び同月三日付各供述調書
一 被告人野口忠夫の検察官に対する昭和六二年三月二三日付供述調書
一 相被告人田中健一の検察官に対する昭和六二年二月二五日付、同年三月二日付及び同月五日付各供述調書
一 相被告人山本實の検察官に対する昭和六二年三月一日付及び同月八日付各供述調書
一 相被告人村木良己の検察官に対する昭和六二年三月四日付及び同月九日付供述調書
一 田中千代子(二通)、田中仁子、岩垣利忠、伏見精久(二通)、高田菊雄、立中善巳(昭和六二年二月二三日付)の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏藤永昌博(四通)、赤井良二及び内野恭介作成の各査察官調査書
一 収税官吏藤永昌博作成の脱税額計算書
一 八尾税務署長作成の昭和六二年三月三〇日付証明書
一 大阪府八尾市長作成の昭和六二年三月二六日付戸籍謄本
判示第三の事実について
一 第一回公判調書中の相被告人吉田眞知子の供述部分
一 被告人濱吉里志の検察官に対する昭和六二年三月一九日付及び同月二四日付各供述調書
一 被告人山本德行の検察官に対する昭和六二年三月一九日付及び同月三〇日付各供述調書
一 被告人野口忠夫の検察官に対する昭和六二年三月二六日付供述調書
一 相被告人吉田眞知子の検察官に対する昭和六二年三月一六日付及び同月二〇日付各供述調書
一 相被告人山本實の検察官に対する昭和六二年三月一七日付、同月二二日付及び同月二三日付(四丁綴)各供述調書
一 相被告人村木良己の検察官に対する昭和六二年三月一八日付及び同月二五日付各供述調書
一 片平友子(三通)、松田忠信(昭和六二年三月一六日付、同月一七日付、同月二五日付、同月二六日付)佐竹秀夫及び立中善巳(昭和六二年三月五日付)の検察官に対する各供述調書
一 収税官吏松原秀樹外一名及び松本敏英作成の各査察官調査書
一 収税官吏松本敏英作成の脱税額計算書
一 芦屋税務署長作成の証明書二通
一 兵庫県芦屋市長作成の戸籍謄本
(法令の適用)
被告人らの判示各所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑と罰金刑を併科し、情状により、被告人濱吉里志に対し同条二項を適用することとし、以上はいずれも刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い(同野口忠夫については、重い)判示第二の罪の刑にそれぞれ法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪の金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、同濱吉里志を懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円に、同山本德行を懲役一年六月及び罰金一五〇〇万円に、同野口忠夫を懲役一〇月及び罰金八〇〇万円に各処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により、同濱吉里志及び同山本德行につき金二〇万円を、同野口忠夫につき金一〇万円をそれぞれ一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から同山本德行に対し四年間、同野口忠夫に対し三年間、それぞれの懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件各犯行は、税務指導の名の下に他人の相続税の納税申告に関与し、全日本同和会大阪府連合会の組織と勢威を利用して虚偽過少申告の発覚、摘発を免れさせることによって多額の謝礼金を得ようと企て、正規の納税額の半額から実際の納税額を差し引いた残りを脱税謝礼金として山分けする約束の下に、依頼者の勧誘、紹介に当たる相被告人山本實及び同村木良己といわゆる脱税請負人グループを形成した上、顧客に被告人らを紹介することにより正規の納税額の残りの半額を預金として獲得しようとする信用金庫営業部長とも共謀するなどしつつ、常習的、営業的に多数回にわたるほ脱を重ねたもので、起訴に係る合計ほ脱額は、被告人濱吉及び同山本について二億四九〇〇万円余り、同野口についても一億七八〇〇万円余りの高額で、ほ脱率もそれぞれ約九一パーセント、八八パーセントの高率に達し、これらにより本件被告人らの得た利益は少なくとも合計約七〇〇〇万円に及ぶ。
同連合会においては、被告人らのグループが一連の犯行に及ぶかなり以前から、この種行為によって活動資金の調達や私利を図る者がいたことがうかがわれる外、本件各申告の態様等に照らしても、この種事犯に対する当局側の対応に問題がなかったとはいえないけれども、他方では、同野口の供述等にもうかがわれるように、この種行為に対する疑念は同連合会内部にも当然存在し得たのであって、同和団体の活動の本来の趣旨、目的を逸脱して常習的、営業的にこの種犯行を繰り返し、もって、世の多くの善良な納税者の心情と申告納税制度に対する信頼を害し、同和団体との間における不公平感を助長する結果となった点、本件各犯行は悪質な犯行として強い非難の対象たるを免れないと考える。
このうち、被告人濱吉は、右グループの中核的存在として本件各犯行を積極的に主導し、少なくとも前記利得額の三分の一という多額の脱税謝礼金を自らの手にした上、同連合会岸貝支部の運営経費から、自己の主催するサークル等の旅行費、さらには自己の生活・遊興費、競走馬購入、蓄財等に充てていたもので、昭和五九年二月大阪地方裁判所で道路交通法違反の罪により執行猶予付懲役刑に処せられ、本件各犯行当時いずれも執行猶予中であった外、傷害罪、業務上過失傷害罪による罰金前科四犯を有すること等に照らし、その規範意識の欠如にもとうてい看過できないものがある。他方で、同被告人は、同連合会専従職員あるいは支部長等として種々の活動に従事するうち、前記のような事情からこの種事犯に対する規範意識を欠くに至ったもので、本件検挙後は自己の非に気付いて素直に犯行を自白し、今後再犯のないことを誓うなど反省の情も十分に認められること、本件ほ脱金額については、本税、加算税とも納税義務者により支払い済みである外、各納税義務者との間では、合計二六五〇万円を返還し更に六〇五万円を支払うことで示談が成立し、後記の被告人山本による返済分と合わせると、結局本件被告人らの利得全額の返還について示談が成立していること等、有利な諸事情を最大限に考慮しても、その刑責は相当に重いものがあるといわざるを得ず、相応の罰金刑及び懲役刑の実刑は免れない。
次に、被告人山本は、行政書士として同連合会に出入りするうち、税務署等の勤務経験を買われてこの種事犯に関与するようになり、自己の担当する申告書の作成等具体的な作業は更に第三者に依頼するなどしつつ、本件各犯行により前記利益の三分の一を手にした上、これを老後の生活費として貯蓄し、あるいは競走馬の購入などに費消するなどしていたもので、その刑責は相当に重いといわねばならないが、他方で、合計四一九八万円を支払って本件各納税義務者との間に示談が成立した外、余罪の一部についても合計一二〇〇万円を返還していること、本件グループにおいてはもともと従たる地位にあって、その年齢や社会的地位等に照らしても再犯のおそれは乏しい上、本件検挙後は素直に犯行を自白し、反省の情も十分認められること、二〇年前に詐欺罪、横領罪による執行猶予付懲役前科を有するものの、その後は前科がないこと、その他前述の諸般の事情を総合考慮すると、相応の罰金刑は免れないとはいえ、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当である。
また、被告人野口は、同濱吉の従兄弟で年齢こそ上回るとはいえ、同連合会における活動歴や地位は同被告人に劣り、その関係した各犯行においても概ねその指揮下で従属的な立場にあったもので、自己が自由に処分できる利益の額にも同被告人とは自ずと違いがあった外、二〇年前に傷害罪による罰金前科を有する外は前科がなく、反省の情も十分に認められること、種々の借金に追われる中、本件納税義務者二名に対し合計一〇〇万円を支払うとともに、今後の返済を約束していることなど諸般の事情を考慮すると、相応の罰金刑はもとより免れないとはいえ、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当である。
なお、弁護人らは、本件各犯行による利益を返還したことを理由に、被告人濱吉、同山本に対しては罰金刑を科すべきではないと主張するが、この種罰則における罰金刑併科の目的は、単に当該犯行による不法な利益の剥奪のみにあるのではなく、利得目的によるこの種犯罪が経済的にも引き合わないことを強く感銘させ、もって特別及び一般予防に資することにあると考えるので、利益の返還状況その他諸般の事情を総合考慮して、各被告人に対し主文のとおりの罰金刑を併科することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 的場純男)
別紙(一)
税額計算書
(相続税法違反 谷村安脩)
<省略>
別紙(二) 修正貸借対照表
(谷村安三 相続財産合計分)
<省略>
別紙(三) 修正貸借対照表
昭和59年5月13日 相続(谷村安脩分)
<省略>
別紙(四)
税額計算書
(相続税法違反 田中健一)
<省略>
別紙(五) 修正貸借対照表
(田中芳松 相続財産合計分)
<省略>
別紙(六) 修正貸借対照表
昭和59年10月9日 相続(田中健一分)
<省略>
別紙(七)
税額計算書
(相続税法違阪 吉田眞知子)
<省略>
別紙(八) 修正貸借対照表
(片平正義 相続財産合計分)
<省略>
別紙(九) 修正貸借対照表
昭和61年2月16日 相続(吉田眞知子分)
<省略>